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福留孝介の引退しない理由に関係するエピソード3選!ファンサービスや実家・自宅との関連は?

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お疲れ様です〜トゲムーです☆

今回は中日ドラゴンズに所属する福留孝介選手について記事にして参ります!

では早速☆

福留孝介が引退しない理由に関係するエピソード3選

「現役最年長」という看板を提げ、未だ第一線で活躍する福留孝介。

そんな衰えを見せない福留選手も流石に「引退」の2文字が近年やはりチラついているのは事実。

43歳で2021年のシーズンを迎えていますが、引退は現実味を帯びてきているでしょうか。

もともと福留選手といえば、プロ入り時に一悶着あった選手として有名。

「自分の意中とする球団(中日と巨人)でなければ入団を拒否する」とドラフト前から名言し、7球団が競合する中、近鉄の指名を有言実行で拒否するなど、己の意志を貫くことに関しては、やはり個性が強い選手だといえます。

①契約更改(年俸交渉)

これは2006年に自己ベストの成績(打率・351、31本塁打、103打点)を残した際の話ですが、前年にも圧倒的成績(打率・328、28本塁打、101打点)を残していながらリーグ優勝できなかったということで推定年俸2億8千万円、で契約更改していました。

翌年はさらに成績を残してチームもリーグ優勝

さらなる年俸アップは確実だったわけですが、球団提示は4億を下回る内容(3億8000万年)で保留

久々に「あきれた」というコメントが飛び出すなど物議を醸しました。

元々2004年オフ、2005年オフ、とそれぞれ契約交渉回数が6回、3回と納得いくまで交渉を続けるタイプの選手ですから、同選手がお金に強いこだわりがある、というよりかは自分のポリシーを貫くという思いがやはり強いのがよくわかります。

実際にメジャー時代の最後の年は年俸100万ドルで契約してますから、4年総額53億で海を渡った市場価値を考えると、当時もお金に執着してアメリカで野球をやりたかったわけではないことが改めてわかります。

②37歳での一塁へのコンバート打診を拒否

これは日本に戻ってきてからのエピソード。

2017年に当時の金本監督から一塁へのコンバートを打診されるも外野一本を主張したという話。

コンバートに関しては、当然ながら当時37歳と年齢も年齢で、一塁にコンバートすることで守備の負担(身体への負担)を減らすことでバッティングにもより集中できるという配慮あっての打診だったと思います。

福留選手の外野守備は2015年に通算5度目のゴールデングラブ賞を獲得し、守備に衰えの見せない姿を度々披露していたこと、また長くら外野手として活躍したこともあり、プライドが許さなかったところもあるのでしょう。

実際に阪神時代やメジャー時代を中心とした福留選手の好守の動画がコチラ★

阪神時代は年齢に似合わず、というと非常に失礼ですが、30代半ば〜後半となってもダイビングキャッチも恐れず、果敢に打球に飛び込んでアウトをもぎ取って投手を援護してる姿が印象的

そんな拘りというか、外野でもまだまだグランドに立ち続けてプレーできるという己を貫く精神は「さすが」としか言いようがありません。

③阪神を42歳で戦力外も現役を続行

そんな守備においてもポジションに拘りを見せる福留選手は、現役に関しても、8年間プレーした去年阪神タイガースを42歳でついに戦力外に。

この年は打率も夏場まで1割台と低迷し、代打でも出場を続けるのみと、以前までの勝負強さも鳴りを潜め、徐々に存在感を消していっている状況でした(その間チームは徐々に立ち直り、シーズン2位でフィニッシュ)

そして、とうとう「引退」がリアルに見えましたが、オフには中日と入団交渉し、43歳となった現在でも現役を続行

コチラの記事を見てみても、

「コロナの影響でシーズンを1年フルにやっていない。消化不良。22年、この世界でやってきて、このままユニホーム脱げるか?と考えたときに良くても悪くても自分が納得できない」

とコメントしており、やはり己を貫き通すという精神に関してはかなり強いものがあると言えるでしょう。

 

このように福留選手の数々の行動を見る限り、己の信じた通りに生きていくという、信念のようなものは相当強い選手であることは間違い無いでしょう★

福留孝介のファンサービス精神旺盛で面倒見も良い?

「己を貫く」という言葉自体は響きがいいものの、一方では「自己中心的」とネガティブに捉えられたりもするかもしれません。

そんな賛否両論がある福留選手ですが、ファンサービスや仲間には愛情深い姿も見せる同選手でもあります。

ファンサービス精神

福留選手の素行については去年コロナの影響でだいぶ大々的に取り上げられてしまったところもありますが、基本的にはファンサービス精神は旺盛のほうだと思います。

試合終盤のこういったファンからのコールにもしっかり答えていますし、インタビューなど過去見る限り、そこまで感情的になっている姿はみたことがありません。

むしろ冷静さを保ってしっかり答えている姿が印象的でしょう。

こちらが2020年の阪神でのキャンプ後のインタビュー、そして次が2020年中日に復帰した際の入団会見。

いずれもしっかりとインタビューに受け答えしているのがわかります。

ただもちろん、中にはご機嫌斜めな時もあります。

これは少し怖いですね^^;

己を貫く選手ですから、うまくいかないときは苦しいと思いますし、煮え切らない思いを募らせている時は多少あるのかなと思ったりはしました。

若手への面倒見の良さ

時に感情を爆発させることもある同選手ですが、クールな表情をしつつも、さりげなく若手選手に駆け寄る姿や、自分の成績が低迷していた際にも打撃指導に精を出すなど、面倒見の良い一面も

これは2020年の打撃不振に陥っていた際の有名な話ですね★

そしてこちらも阪神時代の話。

このように中日に復帰する前から、敵味方関係なく、後輩への関心を持ち続けていたようですね

実際に15年ぶりにドラゴンズに復帰してからも、キャンプから自ら食事に誘ったり、居合わせた若手に自らご馳走したりしてハートを掴むなど、距離感を縮めたり、コミュニケーションを自ら取っていく姿は福留選手の情深いところでもあります。

そういうところからいまだ根強くファンから愛され続けているというのも、いまだに現役を続けられる原動力として多少なりともあるのではないでしょうか。

実家・自宅に関して

最後に福留選手の実家・自宅に関して。

実家は鹿児島県

これは引退と関係があるのかというと、微妙なところですが、福留選手の実家は鹿児島県

こちらの記事によれば(中京テレビ・スポーツスタジアム)、幼少時代は自転車で数時間かけて練習場まで通ったり、自宅から4,5キロ離れた砂浜で走り込むなど、与えられた環境の中で必死に努力していた福留選手。

高校は鹿児島から離れ、PL学園へ進学したのでした。

自宅は芦屋市?

これははっきりとしていないところで、元々中日およびメジャー時代も自宅は名古屋にあったようですが、日本に復帰したことで阪神の本拠地に近い、兵庫の芦屋市に自宅を構えているのでは無いか、という憶測が多くあります。

福留選手は2007年に結婚もして子供もいますし、それを考えると所属する球団の球場の近くに自宅を構えるのは至って普通でしょう★

寝室への拘り

福留選手は”寝室”に特に拘りがあると有名で、家の地下に寝室を構え、雑音などが一切ない環境で家族とは別に睡眠を取ることで有名。

やはりイチアスリートとして、オフである休息の時間をとても大事にされているのが伺えますね。

 

このように実家は鹿児島、現在は自宅は兵庫、ただ所属現在中日、すなわち名古屋で、なかなか自宅にゆっくり過ごせる時間はそこまでない状況でしょう

拘りのある寝室で過ごせるのは阪神とのビジターゲームの際だと思いますが、己を貫く福留選手だけにそれが関係して引退に影響はないと言えるでしょう。

まとめ

今回は中日ドラゴンズに所属する福留孝介選手について記事にして参りました!

記事の内容をまとめますと

  1. 福留孝介が引退しない理由に関するエピソード3選としては、①契約更改(年俸交渉)②37歳での一塁コンバート打診を拒否③43歳での現役続行があげられ、いずれも己を貫く信念が垣間見られるものばかりである。
  2. 福留選手は実はファンサービスもまずまず旺盛で、後輩などの若手への指導も熱心で面倒見のいい性格の持ち主である。
  3. 福留の実家・自宅については、実家が鹿児島県で、自宅は以前が名古屋、現在は元々所属していた阪神の本拠地近くの兵庫県芦屋市内にあると思われるが、それが引退に影響して来るとは考えにくい。

となるかと思います☆

まだまだ現役として球界を盛り上げてくれそうな福留選手。

果たして引退の時は来るのでしょう。

ご愛読ありがとうございましたm(__)m

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