スポンサーリンク
お疲れ様です〜トゲムーです
今回は中日ドラゴンズでエースを務める大野雄大投手について記事にして参ります!
では早速!
Contents [hide]
大野雄大(中日)の生い立ち
佛教大学時代の大野雄大。頑張れ、大野
読売に負けるな
pic.twitter.com/IR9jwsoeru
— 重田和樹 (@shigeta_kazuki) August 30, 2013
大野投手は、2歳にご両親が離婚され、母親一人に育てられた環境の下、小学5年生から野球を始めました
小学校時代の野球は少し晩年のスタートになったため、ここに関しては省き、「中学時代」から詳しくみてまいりましょう★
中学時代
大野投手は中学時代、京都市立藤森中学校の軟式野球部に所属。
ボーイズやシニアには入らなかったんですね
そんな大野投手、2年生の時に大野投手の野球人生に大きな影響を与える出来事があり、それは「四球で練習試合をぶち壊してしまった」というもの。
ただこれにより、自分自身と真に向き合いピッチャーとして大きな成長を遂げていく転換となったようです☆
高校時代
高校は京都の強豪、京都外大西高校に進学。
ただ、当時バリバリのエースを張っていたわけではなく、最後の夏まで結局背番号10となって大会も準決勝で敗れています。
当時のフォームを見てみましょう
中日の大野君、京都外大西高校時代!
東海大相模の1番バッター、田中広輔君は現広島の選手#大野雄大 #京都外大西 #中日ドラゴンズ pic.twitter.com/0HPUOcLXtK
— もしもマサヒコ、森野さんは永遠のヒーロー (@sevenandmoshimo) March 4, 2021
今のベースとなるような感じはどことなくありますが、今より少しリリースポイントが低めな印象があります
大学時代
大学は地元京都の佛教大学へ。
1年春から中継ぎとしてリーグ戦に登板。
エースになったのは3年春からで、ストレートを中心にリーグでは18勝(1敗)を挙げて無双!
3年秋の大学日本選手権での投球がコチラ↓
ストレートが9割を超える驚きの投球をして相手打線を寄せ付けていません^^;!凄い!!
(大野投手のストレートについてはこちらをどうぞ:)
この後4年生のラストシーズンの秋は、怪我した状態でドラフトを漏れる可能性もありながら、ドラゴンズが単独1位指名し、晴れてプロ野球選手となりました
面白いと言われる性格について
これぞTHE投げ合い。完全試合を逃したのはもったいなかったけれど1安打完封、そして他投手を休ませられたことも大きい。相手の青柳投手も素晴らしい投げっぷりだったかったからこそ、この試合が締まり記録一歩手前までいけたのだと思ふ。
*画像 @DragonsOfficial より
・・ギャップ。 #大野雄大 pic.twitter.com/HHnGi2RTu1— Ryuji_RAMONE (@Ryuji_RAMONE) May 6, 2022
大野投手といえば上記のようなチャーミーな顔と変顔が結構有名
昨日のナゴヤドーム FCDay #竜カメ #大野雄大 選手
6勝目おめでとう
最後の変顔イイね
pic.twitter.com/w1Y7iprwoa
— ALL FOR VICTORY2022@頑張れドラゴンズ
(@gentenkaiki2018) July 15, 2019
こんな素顔もあるんか!!
と思ってしまうところ、マウンドでの鬼の形相、不敵な笑みからは想像できないだけに、ギャップがあります☆
真面目でお茶目
祖父江さんと田島と岡田くんかわいいし、大野雄大が変顔でばかすぎてすき pic.twitter.com/tmiYOyNanZ
— はち
⋆゜〜
みやざきさんヒットbot (@hachi_bay_mykt) February 1, 2022
そんな大野投手の性格ですが、真面目だけど、お茶目ということになると思います。
真面目な一面は、中日の過去の投手コーチである今中慎二氏や高校時代の三原監督も認めるところで、特にその練習量に関してはお墨付き★
そしてその練習量がバテないスタミナを作っているというのはよく言われるところです
周りへの気配りや感謝を忘れない
一方で、周りへの気配りや感謝を忘れない一面も持っているのが大野投手。
2022年シーズンも完全試合級の投球をしましたが、
というコメントを見せるあたり、まさにその心が表れていると思います☆
このように大野投手、個人としてもしっかりとしたパーソナリティを持ちつつ、周りへの配慮もできる、とても良い性格の持ち主ですね!
高校・大学時代のエピソード
今でこそ、球界を代表する左腕ですが、大野投手の経歴を見ると決して順風満帆な野球人生ではなかったことがよくわかります
言い換えるならば挫折から這い上がった人だということがわかるかもしれません。
それがわかる具体的なエピソードを見ていきましょう★
中学・高校時代
中学時代にその後の野球人生の転機となる出来事があったという大野投手。
それは練習試合で四球を連発して試合をぶち壊してしまったというものですが、それにより野球自体もやめようとしていたようです^^;
この後仲間から励まされて立ち直って、むしろピッチャーとしての自覚なども芽生えて逞しく成長し始めます★
その後進学した京都外大西高校時代では、準々決勝で勝って涙を飲む姿も↓
大野雄大の高校時代www pic.twitter.com/zlAJBFyFIs
— む (@hayato_g_6) July 18, 2020
そして2年夏には甲子園で決勝に進出した際もベンチにいて登板機会はなく、同世代の田中将大の姿を目の当たりにしております。
また3年最後の夏の大会も背番号10で、準決勝で登板するも福知山成美高に敗れ、高校野球人生を終えてます。
あと一歩のところや、チームが大事なところで試合に出られなかったり、実はそんな高校時代だった大野投手、大学時代はどうだったのでしょうか?
大学時代
冒頭の生い立ちで挙げた通り、大学時代は3年次からはリーグで無双状態し、大学野球選手権にも出場★
自慢のストレートを中心に活躍するも、その後まさかに大学日本代表から落選。。
候補合宿の新幹線では泣き通したほどで、大学の監督もその落ち込みぶりに驚いていたようです^^;
当時はその活躍ぶりから大学BIG4とも呼ばれる存在になっていましたから、さぞ悔しかったことでしょう。
そして迎えた4年次には肩痛に悩まされ、怪我で最後のリーグ戦も登板できず。。
最後のリーグ戦に登板できないとなると、ドラフト指名を躊躇する球団も多分あるわけで、相当な不安もよぎったと思います
(結局ドラフトではドラゴンズから単独1位指名を受けます)
プロ入り後は6年目あたりはだいぶ厳しい時期もありましたが、見事に盛り返して、今では2012年のドラフトから入った大学生投手では現役でもっとも勝ち星を上げている投手にまで登り詰めました
本当に大野投手のエピソードを振り返ると元気がでますね!!
まとめ
今回は中日ドラゴンズでエースを務める大野雄大投手について記事にして参りました!
記事の内容をまとめますと
- 中日の大野雄大は小学5年生から野球を始めて中学では軟式野球部に所属、高校では京都外大西高校で甲子園に2度出場も自身は目立った活躍はなく、大学では佛教大学へ進学して3年次からエースとなり、その後プロ入りしている。
- 大野雄大の性格については、真面目だけどお茶目で、「面白い」と言われており、周りにも気遣いができる性格の持ち主である。
- 高校や大学のエピソードについては、決して順風満帆な野球人生ではなく、むしろ悔しい思いを多くしており、挫折から這い上がってプロ野球の道へ進み、今があるということがわかる。
となるかと思います。
大野投手の今だけを見ると過去色々なことがあったとは想像できませんが、ここまでの道のりは決して平坦ではなかったことがとても感じられました><
挫折あるたび、それをバネに這い上がる精神で続けての活躍を期待します★
大野雄大投手については以下の記事も併せてどうぞ

スポンサーリンク